※2021.06.02お誕生日SSです。まもなくコリファリになるコリ→ファリの、6/1の話。(ベッターから移行)
「はぁ…………」
深い深いため息をついて、コリンズはベッドにうつ伏せで寝転がり枕に顔を埋める。すっぽりと顔が埋まって息苦しいが、今の自分にはこれくらいがちょうどいい。むしろ、この息苦しさで今日の出来事をすべて忘れてしまいたい。
日付が変わるまで、あと2時間と少し。壁掛け時計の長針と短針が12を指して重なれば、コリンズの生まれた日がやってくる。故郷から届く手紙とプレゼントが入った小包。同僚たちの祝いの言葉とともにグラスへ注がれる美味い酒。とうに成人を迎えたとはいえ、何歳になっても誕生日は嬉しいものだ。それからもう一つ。コリンズがひそかに思いを寄せるファリアとの年齢差がほんの少しだけ縮まる日でもある。たった3ヶ月ほどのわずかな期間ではあるが、その事実はコリンズを何週間も前から舞い上がらせた。
そんな誕生日の前夜に、コリンズは枕で目と鼻と口を塞いで浮かれきっていた自分自身に罰を与える。
「はぁ……ほんと最低だ……」
くぐもった声を漏らすコリンズの深いため息の理由は、今から夕方まで遡る。
◇◇◇
それは、今日の訓練を終えた後のことだった。
浮つく気持ちと訓練後の開放感がコリンズを”最高にいい気分”へと誘ったからだろうか。「お疲れ」と一言、いつもと変わらぬ様子で背を向けるファリアが恋しくてたまらず、気付けば駆け寄ってその肩を掴んでいた。
「お、俺さ、明日誕生日なんだけど」
「ああ、知ってる」
お前から何回聞かされたと思ってるんだ?と呆れまじりに笑うファリアによって、コリンズの余裕(例えるならば、ティースプーン1杯分ほどの)はすべて弾け飛んだ。
「で?俺にプレゼントのおねだりか?」
とん、とファリアがコリンズの左肩を小突くが、コリンズは瞬きすらできず棒立ちになる。ジクジクと熱を帯びはじめた左肩に、眉を寄せて小首をかしげるファリアの吐息がかかりそうなほどの距離。
「コリンズ?」
「……そう。ファリアの明日を俺にちょうだい」
「はぁ……?」
呆気にとられたようなファリアの顔を見て、我に返ったコリンズの背中に嫌な汗が一筋伝う。
「あ、ごめ……なんか俺、ファリアがほしいなんて……」
自身の顔が赤くなったり青くなったりを繰り返し、誤魔化すように吊り上げた口の端がヒクヒクと震えるのが手に取るようにわかる。
「……えっと、あ……その、変なこと言ってごめん!!!」
引き留めたのは自分のくせに、驚いて目を丸くするファリアを置いてコリンズはその場から逃げ出した。以前ファリアに『あまりどたばたと走るんじゃない』と注意されたから、最近は気を付けていたのに。
―――くそ!!こんなはずじゃなかった!!
こみ上げる悔しさと情けなさを噛みしめながら、コリンズは自室に着くまで一度も振り返らず、そして一度も足を止めなかった。
◇◇◇
夕食を食べなかったせいで、腹がキリキリと悲鳴を上げている。今日の最低最悪な出来事を思い出すと、空っぽの腹からどす黒い何かがせり上がってきそうだ。
「ファリア、わけわかんないって顔してたな……」
その顔も可愛かったけれど。ぽかんとしたり、びっくりしたり。大好きなあの瞳がくるくると変わって――いや、そうじゃない。
明日、俺はどんな顔をしてファリアに会えばいい?こんなどんよりとした気持ちのままで、上手く笑えるの?これからずっと、何もなかったことにできる?
「絶対嫌だ…」
枕からのそりと顔を上げ、コリンズはぐすっと鼻を慣らす。
―――そうだ、ファリアに謝ろう。ちゃんと目を見て、いや、それはできるか不安だけれど。今度は言い逃げみたいにするんじゃなくて、ちゃんとやる。やってやる。変なことを言ってごめんなさい。それから、びっくりさせて、逃げちゃってごめんなさい。できれば今日のことは忘れてください。あ、でも明日が俺の誕生日だってことは忘れないで―――
「…よし」
近くにあったノートに伝えるべきことを殴り書きにして、深呼吸。遅い時間ではあるけれど、まだファリアが起きているはずだ。もし起きていなければ、ドアの下にメモを挟んでおこう。コリンズは濡れた目をこすり、やっとベッドから降りた。
◇◇◇
「なんだ?早すぎたか?」
自室の前で寝間着姿のファリアと鉢合わせたコリンズは、危うく腰を抜かすところだった。心臓はたぶん、2秒止まった。
「ファリア!?どうしてここに!?」
「何って、お前が言ったんだろうが。”明日をくれ”って。だから来てやったのに」
手洗いか?まさか、こんな時間から飲もうとしてるのか?などと見当違いなことを言うし、”ほしい”とまで言われてもまだわかっていなさそうなくらい鈍いし、こんな夜更けでも律儀に会いに来てくれるほどやさしい。全部丸ごとひっくるめて、やっぱり好きだとコリンズは思う。何よりも、誰よりも、ファリアのことが。
「俺、生まれてきてよかった……」
「おう。おめでとう、コリンズ」
「ファリアも生まれてきてくれてありがとう……」
「それは俺が言うんだよ」
HAPPY BIRTHDAY!