「ちょっと聞いてくれ」
後ろからルースターに呼び止められて、フェニックスは足を止めた。
どこか切羽詰まった様子のある、ルースターの声色。
あの奇跡のミッション以降、同じメンバーが招集されるのはこれで三回目を迎えていた。
「先に行ってて」
隣のボブを促し、フェニックスはくるりと踵を返してルースターの正面に立つ。
眉をぎゅっと寄せ、何かを思い悩んでいるような表情は、ランチ後のまったりとした空気にはどうも似つかわしくない。
「何?あんたの惚気話?」
冗談まじりに返してみたが、ルースターは唇を横に引いて押し黙っている。
沈黙は肯定か。だが、彼の心境はもう少し複雑なようである。
「惚気けられるもんなら、惚気けたいよ」と、ルースターは小さく呟いた。
◇◇◇
「キスだけなんだよ、まだ」
ざわめくバーの一角で、ルースターはサーバーから注がれたばかりのビールを呷る。白くきめ細かな泡で口髭を濡らして、ルースターはアルコールを含んだ吐息とともに不満を吐き出した。
「俺と同じ気持ちだってのは、何度も何度も確認したんだよ」
それって誰のこと?と訊ねるのは野暮だろうと、フェニックスは静かにビールグラスに口をつける。
今日の疲れはほどほどといったところだが、やはり一日の終わりに摂取するビールの爽快感はたまらない。
ルースターがマーヴェリックと“そういう”関係になったことは、しばらく前にルースター本人から聞いていた。
過去にひと悶着(だけではないのかもしれないが)あった二人が、関係の修復を経て恋人同士になったのだから、話を聞いた時フェニックスは随分と驚いた。
けれど、「フェニックスには、一番に言おうと思ってた」と照れくさそうに目を逸らすルースターを見ると、驚きよりもあたたかい気持ちで胸がいっぱいになったことを思い出す。
「でも、そこから何も変わらないのはどうなんだって思うんだよ」
フェニックスが相槌を打たずとも、ルースターはビールをごくごくと呷りながら話を続ける。
「今のところは、どっちがトップでどっちがボトムか決まってもないし……っていうか、そんな話題が出たこともないんだよな。俺は……自分が下になってる方がイメージしやすい、かも。二人いる時にさ、酒を飲みながら喋ってるとだんだん酔いが回ってきて、マーヴが俺の手を握るんだ。自分でも何言ってんだって思ってるから、先に謝っとくけど……悪い。なんか、マーヴが愛おしくてたまらないって顔で『この手も、足も……こんなに大きくなって……』とか言うんだよ。もう、たまんねぇのはこっちだって話なんだよ、本当に。手の甲にキスしたり、指と指を絡ませたりしてさ……手首の内側を、手のひらに向かってすーっと中指でなぞったり……マジでなんなんだよ。俺のことどうしたいの?って」
ルースターはグラスに残ったビールをグイッと飲み干す。
「だから――もう、頼むから抱いてくれ……!って思う」
はぁ、と大きくため息をつき、ルースターはカウンターに突っ伏した。
「……今の話、マーヴェリックにしてもいい?」
「え?いやいやいや、だめだって。絶対だめだ」
ガバッと顔を上げ、ルースターはおびえた目をして頭をブンブンと降ると、またカウンターに勢いよく突っ伏した。
「どうして?」
忙しないルースターにフェニックスが訊ねる。
「……言えないだろ、抱いてくれとか思ってんの」
「でも抱いてほしいんだよね?」
「そんなにはっきり言わないでくれ」
「はぁ?自分で言ったくせに」
「あ〜〜〜〜っ、そうだよ!俺が言ったんだ!」
顔を伏せたまま、ルースターがうう、と呻く。
「なぁ、どうすればいいと思う?」
逞しい雄鶏が今日はまるで迷子のひよこのようで、フェニックスは思わず吹き出した。
「どうするも何も、話すしかないんじゃない?マーヴェリックとね。今私に話したみたいに、全部ぶちまけてやりなよ」
フェニックスがルースターの丸まった背中を二回叩いてやると、小気味よい音が鳴る。
「……頭冷やしてくる」
ルースターは席を立ち、のそのそと手洗いへ向かった。
迷子のひよこは、自分がオオカミにどれだけ愛されているのかわかっていないようだ。オオカミがひよこを見つめる瞳はあんなにも優しくて美しいのに。
フェニックスが二杯目のビールを飲もうとした時、ルースターのセルフォンが鳴った。
短い着信音とともに、セルフォンが震える。画面にはタイミングよく『マーヴェリック』の表示。
それを見て、フェニックスは何かを企むようににやりと笑った。
重い足取りで戻ってきたルースターに着信があったことを伝えると、画面上に表示された通知を見てルースターの瞳が大きくなる。その瞬間を狙ってルースターの手からセルフォンを抜き取ると、フェニックスは素早くキーボードをタップした。
人の私物を勝手に触るのは好きではないが、この親友にはこれくらい強引なきっかけが必要だ。
フェニックスはセルフォンを取り返そうとするルースターを躱しながら、送信ボタンをタップする。
ミッション完了。セルフォンの向こうに入るマーヴェリックは、一体どんな顔をしているだろうか。
《マーヴ、迎えに来て。話したいことがあるんだ。》