2022.08.27 あぶ空 展示SS

二人が映画『フォードvsフェラーリ』の話をしています。
映画の公開年と本編のミッション時期についてはスルーしていただければ幸いです……

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とある休日、ルースターはマーヴェリックのトレーラーハウスにいた。
備え付けの小さなキッチンは、湯を沸かすくらいでしか活躍していないように見える。その前に立ち、ルースターは鼻歌まじりにまな板の上へ山型のパンを二枚並べる。冷蔵庫で使いかけのまま眠っていたバターはちょうど常温に戻ったところだ。パンの表面にやわらかくなったバターを薄く塗り、昨日スーパーマーケットで買ってきたハムとチェダーチーズを一枚ずつ重ね、またパンで挟む。
皿の上に載せ、揃いのマグカップにはコーヒーを。どちらにも少しだけミルクを注ぐ。
左手にはサンドイッチの皿、右手には二つのマグカップを持ち、ルースターは肘でトレーラーハウスのドアを開けた。

「マーヴ!休憩しない?サンドイッチを作ったんだ」

ルースターが呼ぶと、メンテナンスの手を止めて愛機の影からマーヴェリックが顔を出す。

「ああ、そうするよ。ありがとう」
「ここに置いておくから、手洗ってきなよ」
「うん、ちょっと待ってて」
すぐそこの洗面台に行くだけでもルースターの肩にキスを落としていくマーヴェリックに、やれやれと呆れつつも、ルースターは笑みを堪えられず唇をぎゅっと結んだ。

二人でサンドイッチを頬張りながら、穏やかな時間が過ぎてゆく。
こうやってまた、他愛もない話でマーヴェリックと笑い合う日が来るとは思わなかったと、ルースターはミルクが混ざりきったコーヒーを一口含んだ。

「さっき思ったんだけどさ、ここでハムチーズサンド作ってるの『Ford v Ferrari』みたいだなって。映画の、マーヴは観た?俺は基地で観たんだけど」
「いや、観てないな。というか、映画なんて随分長いこと観てないかもしれない」
「そうなんだ。良かったよ、俺は好き。レーサーのケン・マイルズがさ、飛行場に建ってる整備工場でハムチーズサンドを作って食べるんだよ。その日は……ケンはいろいろあって気落ちしてるんだけど、そこに奥さんがやって来て、二人でビールを飲みながらダンスするんだ。ラジオから流れてくる曲に合わせて……なんか俺、喋りすぎ?」
「そんなことないさ。僕たちも踊ろうか」
「え?」

マーヴェリックはカウチから立ち上がり、作業台に置かれた古いラジオのボリュームを上げた。ラジオから流れる、ゆったりとしたジャズのメロディが空気を包み込む。
マーヴェリックに促されルースターも腰を上げると、腕を引かれ厚い胸板に抱き寄せられた。
飲んでいたコーヒーの香りと、ほんの少しだけ汗の匂い。

互いの身体に腕を絡め、音楽に合わせて揺れる。
太陽はまださんさんと空から地面を照らしているのに、夜はすぐにやってくる。
そうして空が明るくなれば、またしばらくのお別れだ。恋しくて寂しい、という感情は何歳になっても手放せない。

「マーヴ、今度一緒に観ようよ。マーヴも気に入ると思う。配信ですぐ観られるからさ」
「いいね。すごく楽しみだ。配信?っていうのはちょっとよくわからないけど……
「俺がいるから大丈夫だよ」