※6/2お誕生日SS展示
小さく唸るファリアの顔を、覗き込みたくてソワソワする。
「あー」とか「うー」とかごにょごにょ言いながら、やわらかな髪を散らすその手を取ってキスしてみたい。
俺を呼び止める、耳に馴染む聞き慣れた声。
嬉しくて勢いよく振り向きそうになるのを俺はぐっとこらえた。
「ファリア、どうしたの」
周りが言うには、俺はしょっちゅうファリアの隣で尻尾を振っているらしいので、できるだけ落ち着いた風を装ってみる。まぁ、今ここには俺とファリア以外いないんだけど。
いつ何時でも、ファリアには良く思われたいという下心だ。
「よる……」
「え?」
「夜、空いてるのか」
やっと用件を切り出したファリアの視線は、まだゆるやかに行ったり来たりを繰り返している。
「今夜?うん、空いてるよ」
答えると、なぜかファリアの眉間にぎゅっと皺が寄った。
「今日じゃない」
「えっと……」
なんだか、今日のファリアはいつもより歯切れが悪い。俺の方が言葉に詰まってしまう。意外というか、あまり目にすることのない、めずらしい一面に動揺してしまっているんだろうか。鳩尾のあたりがざわざわして、このまま俺の部屋に連れ込んでしまいたくなるような、よからぬ気持ちが顔を出す。
「今日じゃないなら、いつ?明日?」
「明後日だ」
「明後日……」
明後日。今日の、明日の、明日って。
「もしかして、いや、もしかしなくても……それって俺の誕生日?」
ファリアが「そうだ」とうなずく。
「一緒にいてくれるの?二人っきり?」
「お前がいいなら。先約あるだろうから、その後にでも」
毎年、同期たちが盛大に祝ってくれるあれのことだろう。
誰かの誕生日にかこつけて、思い切り飲んで、騒ぐお決まりの集い。
「う、嬉しいよ……でも、なんでこんな突然……」
「お前、浮かない顔してるんだよ。誕生日の次の日だってのに。二日酔いなのかと思ったが、そうでもないみたいだしな」
――心当たりは、ある。
気の置けない仲間たちとの賑やかな時間は楽しい。
酒が飲みたいだけだと言いつつも、心から祝福されていることはしっかりと伝わってくる。
だからこそ、その終わりがひどく寂しい。どんなにバカ騒ぎしたって、ひとり部屋へと戻る足取りは重く、手紙の中でしか会えない家族と、故郷のにおいを思い出しては切なくなるから。華やかなお誘いもあったけれど、なんとなくそんな気にもなれなくて。心のどこかにぽっかりとあいてしまった穴の存在に気付かされてしまう。
「……別に、俺ならなんとかできるとか、そんなつもりじゃないが……」
照れくさいのと、気まずいのをごまかそうとするような声色だ。
そんなこと言いながらさ、どうにかしてやりたいって思ってくれたんだよね?
俺はあなたのことが好きで好きで、もうどうしようもないんだから、全部いいようにしか受け取らないよ。
「俺の部屋に来てくれてもいいし、お前の部屋でも」
ファリアの伸ばした手が、そっと、俺の頬を撫でた。
「……ファリアとなら、毎晩でもいいよ」
口をついて飛び出した言葉に一瞬自分でも驚いたけれど、それは紛れもない本心だから仕方がない。
俺の、ファリアへの気持ちが抑えられなくなってしまったんだと、どこか冷静な自分がいる。
「ああ、お前が飽きるまで」
「そんな日は来ないよ」
どうしてそう言い切れるんだと訊かれたら、一晩かけてその理由を教えてあげる。
途中で眠くなったら、続きはまた明日にしよう。
――神様、これって、そういうことですよね?