キスをしたら噛まれるなんて、冗談じゃない。
ずきずきと痛む上唇に指で触れると、滲んだ血でぬるりと滑る。
「痛ってぇ……俺、こんなの初めてなんだけど」
ねじ込んだ舌を噛まれるよりはマシかもしれないが、しばらくの間赤黒く腫れそうだ。
どこのどいつにやられたんだと聞かれたら、懐かない猫だって答えてやろう。
「僕だってそうだよ」
ツンとしたトミーの態度。俺じゃなくて他のやつらなら、みんなこの瞬間に諦めてるだろうな。俺の勝ちだ。
「そうか、なら俺がその”初めて”だよな」
「うわ……」
顔を顰めたトミーが一歩後ろに下がり、俺から距離を取った。
そんなの、手を伸ばしたらすぐに捕まえられるけど。
「君が誰にでも、こういうことをするって知ってる」
――まぁ、間違っちゃいないよな。
馬鹿にするなと言いたげな、ひんやりとしたトミーの目がこちらを睨む。
まだカーテンの隙間から光が差し込まない、薄暗い朝。ベッドの中でその瞳を見つけてみたい。
「俺は本気だよ。嘘じゃない」
「そんなの信じない」
「わかった、もうしねぇよ。今度からは、”キスしていい?”って聞くから」
「いらない。聞かれても許可しない」
トミーの言葉の端々から、「お前のそういうところが気に入らないんだ」って感情がひしひしと伝わってくる。
こんなこと、本当の本当に初めてなんだ。
言うこと聞くよ、できるだけ。
なんでもするよ、約束するから。
「好きなんだ」
「みんなに言ってる」
「言わないよ、もう」
「やっぱり言ってたんだ」
どうやったら信じてくれるのかわからない。
どっかのインディーゲームの難易度SSSみたいだって言ったら、フーディーのポケットから飛び出した拳でぶん殴られそう。
まどろっこしいし、めんどくさい。
でも、その時間も俺のものにして、一つ残さず味わいたいとも思うんだ。
「俺さぁ、お前が俺に好きって言って、そんで笑ってくれたら、ちょっと泣くかも」
「勝手に変な妄想しないで」
変なやつ、と呟いて目を細めたトミーが鼻で笑う。
俺って変なやつだったのか。
俺のことをこんな扱いするトミーも相当変だから、俺たち相性いいんじゃないの?
「なぁ、キスしていい?」
「嫌だよ」