2023.05.03 さわマル展示SS

※本編後の二人です。

 

「ブラッドリー、君は覚えてるのか?」

マーヴェリックが訊ねるが、ルースターはその問いかけに答えることができなかった。
黙り込んだまま、上掛けをぎゅっと握りしめることしかできない。
同じベッドで、互いに下着すら身につけていない。そしてやけにべたつく肌とくれば、昨晩二人の間に起こったことなど火を見るよりも明らかだった。

マーヴェリックは自らの手で寝癖がついた前髪をぐしゃぐしゃと乱し、がっくりとうなだれる。
ルースターが答えないことについて、『覚えていない』『だが、この状況で察している』と判断したのだろうか。

 

――なんだよ、そんなにショックなのかよ。

ルースターは心の中だけで呟くと、にじみ出した視界を遮断するようにぎゅっと目を閉じた。

ルースターは覚えていた。
昨晩のはじまりからおわりまで、ひとつも残さず、すべて覚えていた。

ルースターがやって来るからと、マーヴェリックが買い込んだ酒を二人で文字通り浴びるように飲んで、笑って、それから過去を振り返り、少しだけしんみりとした空気を味方につけて、ルースターはマーヴェリックの唇を塞いだ。
アルコールが染み込んだ舌を絡ませながら、「ずっとこうしたかった」と長年見て見ぬふりをしてきた想いを吐き出した。

強く肩を抱かれるのとは違う。休暇のたびに受ける熱い抱擁とも違う。
シーツに波をつくりながら、マーヴェリックの腕の中に閉じ込められる高揚感を知った夜だった。
絶対に忘れない。忘れられない。
これからマーヴェリックと二人で何度も新しい夜を紡いでゆくのだとルースターは信じた。

それなのに、マーヴェリックが放った言葉はあまりにも残酷だった。
マーヴェリックは昨晩のことを覚えていない。
そして、なにも纏わずベッドで隣り合う状況に、頭を抱えるほどショックを受けている。
ルースターの心を砕くには、十分すぎるほどの条件が揃っていた。

 

「俺は嬉しかったよ」

すべて覚えていること、そして身も心も満たされたこと。マーヴェリックに思い知らせるためのたった一言は、自分でも呆れそうなほどか細い声だった。

「すまない」
謝るなとは言えなかった。口を開けば、せっかく堪えた涙が溢れてしまう。

「覚えていたかった。昨日の自分を殴りたい……」
ぐす、と鼻を鳴らすマーヴェリックにルースターはうつむいていた顔を勢いよく上げた。
「待って、それどういう意味?」
「せっかく君が『ずっとこうしたかった』と言ってくれたのに」
「いやいやいや、覚えてるじゃん!」
「その後の記憶があやふやで……」
「もうその辺はどうでもいいって……いや、全然よくはないけど!!」
先ほどのか細い声が嘘のように、ルースターは声を張り上げる。

「マーヴ、俺がしてほしいことわかる?」
へにゃりと眉を下げたマーヴェリックと鼻先が触れそうな距離まで顔を近づけ、今度はルースターが問いかける。この情けない顔が今はただ、たまらなく愛おしい。

あやふやな記憶の答え合わせは、昨晩の出来事よりもずっとずっと長く、そしてこの上なく幸せだった。